ロンドン『荒野の呼び声』

ジャック・ロンドンを読む①
ジャック・ロンドン『荒野の呼び声』

   最近書店にいったら、オオカミの本が多く並んでいた。オオカミと暮らした哲学者や、オオカミが救うなどの文明批判と、野生の自然への憬れ、闘争精神などがオオカミ生態への注目になるのだろうか。それとも絶滅危惧から来るものだろうか。
   私はロンドンのこの小説を思い出した。ロンドンその人も興味がある。放浪者と冒険者であり、同時に格差社会批判の社会主義者でもある。なかにはファシストの先駆者という人もいるが。
 ロンドンは20世紀前後に、私生児としてサンフランシスコに生まれ、貧窮に育ち放浪し、アザラシ狩り船や貨物線に乗り南太平洋を航海し、19世紀末カナダ北西部に金鉱が発見されると、ゴールドラッシュに加わる。その時の体験が、この小説の基になっている。
  動物小説だが、カリフォルニアの農園で平穏に暮らしていたセントバーナードとシエパードの雑種犬バックが盗み出され売られ、アラスカ近くの氷原でそり引きの苦難と犬同士の闘争のなかで、次第に原始の野生に目覚めていくアメリカ版教養小説とも読める。
   人間の欲望とエゴの世界と「棍棒の掟」を嫌悪し、抵抗と自由に憬れで、苛酷さを狡猾さで立ち向かい、次第にオオカミの野生の呼び声で、オオカミの群れに入って、誇りをもち人間文明に立ち向かう。
訳者・海保眞夫氏のいうように「暴力と残忍性の嗜好、力の崇拝、弱者への侮蔑、原始世界の称揚、適者生存の思想がうかがえる。」のは確かだ。私はニーチェ思想を感じたのだが。
  『動物農場』を書いたオーエルは、ナチドイツ出現以前に全体主義社会を予見していたというが、社会主義的思想もあり一概にそうとは言えない。原始自然へ目覚めていくバックに、環境主義的な面もあり、物語としても良く描かれていると思う。(岩波文庫、海保眞夫訳)