ガルブレイス『悪意なき欺瞞』

ガルブレイス『悪意なき欺瞞』
 ガルブレイスの最晩年の経済エッセイで2004年に出版され、その2年後に死去した。経済学の通説と現実の間の溝が、金銭的利益のためいかに見えなくなり、あたかも真理のようにみせる「悪意なき欺瞞」をあばこうとしている。「幻想が支配する金融の世界」では、経済予測は複雑で不確実なのに、金融の世界では知り得ない筈のことを予測することが不可欠であり、ウオール街にたむろすエコノミストたちは自分の高収入のため経済予測を行い、ITバブルの仕掛け人になり、株価高騰の特別仕組まれた「期待形成」を作り出したと批判される。
 「中央銀行制度」という現実逃避とガルブレイスがいう極めつけの欺瞞は、アメリカの連邦準備制度理事会の金融緩和などの金融政策が、歴史的経過をみてもなんらの実効性のないものだと断定している。金融緩和をしたまもなくは景気が回復するが、その因果関係はかならずしも明確でない。確かに住宅ローンの金利が下がれば、個人住宅の増勢に向かう。だが民間企業の行動は売上高の増減に反応し、金利の増減だけでないという。中央銀行が消費者や企業の支出をコントロール出来ないから単なる幻想だとガルブレイスは指摘している。いまのアベノミックスは果たして「悪意なき欺瞞」なのだろうか。
 ガルブレイスはさらにコントロールされる消費者に消費者主権という欺瞞をいうことや、企業営業者と企業を支配する官僚主義から「株主主権」という欺瞞をあばいている。また「官と民」という神話を、軍産複合体というアメリカ・システムで軍事産業が外交・戦争政策まで関与するという官と民の境界線が消滅している現状を俎上に乗せている。また「労働は喜びである」という嘘にもメスをいれ、経営者の高額報酬が富裕層がより快適な暮らしの喜びをもたらしている貧富格差も指摘している。
 ガルブレイスは最後まで企業と企業経営者が現代経済社会を統治しているという批判をやめなかったリベラルな経済学者だったと思う。(ダイヤモンド社佐和隆光訳)