カルヴィーノ『アメリカ講義』

カルヴィーノアメリカ講義』


  かつてイタリアの作家カルヴィーノの『なぜ古典を読むのか』(須賀敦子訳・みすず書房)を読んだ時、ホメロス、クセノポン、ガリレオスタンダールコンラッドヘミングウェイボルヘスなど古典の該博な読みに驚嘆したものだ。古典が読みたくなった。この本はカルヴィーノによる古今の文学の百科全書的読みから、これからの文学のあり方を論じたものだが、同時にカルヴィーノ文学の創作論にも成っている。知的刺激を受ける。
 カルヴィーノは「軽さ」「速さ」「正確さ」「視覚性」「多様性」の5つを重要な要素として挙げて論じているが、最後の「一貫性」はその死で語られずじまいになった。その代わりに補遺として「始まりと終わり」が収録されている。それぞれの項目を文学論として優れているが、私は文化論として読んで面白かった。「軽さ」では「世界の重さから跳び出る詩人=哲学者の思いがけないしなやかな跳躍」がルクレティスやカヴァルカンティから称揚されている。
 「速さ」では時間の節約が無駄に使える余裕を持つので、文体と思考の速さはとりわけ機敏さ、変わりやすさ闊達さを意味すると、ボルヘスヴァレリー、スターンなどで語る。「正確さ」では現代科学の秩序と無秩序の対立を論じ、正確の象徴の水晶(特定の構造の不変性と規則性のイメージ)と火焔(たえざる内的動揺にもかかわらず、外面の形の安定イメージ)を、ポーやレオパルディから語る。もっとも重要だと私が感じたのは「多様性」論である。多様性は言語による文体だけでなく、多様な諸関係の体系が小説には大切とガッタやプルーストムジールなどの作品を挙げ、文学とは何かを考えさせられる。(岩波文庫、米川良夫・和田忠彦訳)