米沢冨美子『人物で語る物理入門』

米沢冨美子『人物で語る物理入門』(上、下巻)


 20世紀の科学革命を担った科学者の伝記的スケッチをしながら、電磁気学、相対論、量子力学、物性物理、複雑系まで、数式を使わずやさしい言い回しで書かれていて、私たちの意識変革を迫る本である。人物はマクスウェル、ボルツマン、アインシュタイン、ボーア、キュリー、オッペンハイマー、ゲルマン、湯川秀樹、ハーディーン、ハップルが面白い。
核兵器原子力発電など核時代に生きるいま、原子核物理の放射線崩壊や中性子の発見とそれを原子核にぶつけ生成された新人工元素―例えばストロンチウムの発見は見逃せない。またそれを核兵器にまで発展させたオッペンハイマーの悲劇も読んでいて20世紀人の根底を揺さぶる。ボーア、ハイゼンベルグ量子力学が、不確定性原理や相補性原理を生み出し、古典力学因果律から「現在を正確に知ることは原理的に不可能」で、未来は「確率的にのみ予言できる」という考えは20世紀思想に大きな影響を与えている。
物理学の要素還元論クォークまで行き着き、いまや100個近くの基本粒子が発見された。クォーク理論の発見でノーベル賞受賞したゲルマンが、最愛の妻を亡くし一人ぼっちになり鳥の観察から、鳥がクォークや電子に比べ複雑な存在だと目覚める。電子は電線を伝わる電子も、ナトリウム原子から飛び出す電子も差別なく、名前も歴史もない。ゲルマンはクォークと対極の複雑系(構成要素を単純に総和しただけで説明がつかない系)に対峙し、物理だけでなく生物の免疫系、神経系、生態系、進化、国際経済まで要素還元論を乗り越えるサンタフェ研究所が1986年結成されるところで、この2冊にわたる壮大な本は終わる。(岩波新書上、下巻)