河合隼雄・松岡和子『快読シェイクスピア』

河合隼雄・松岡和子『快読シェイクスピア
 
臨床心理学者・河合氏とシェイクスピア全戯曲を翻訳している松岡氏の対談である。心理学から解釈しようという本は、ロジヤーズ=ガードナー『ユングシェイクスピア』(みすず書房)があったが、それは「オセロー」など3戯曲にすぎなかった。この本は「ロミオとジュリエット」「間違い喜劇」「リア王」「マクベス」など10戯曲に及ぶ。二人の対話が楽しい。河合氏の心理学的分析も冴えている。 
「ロミオ」では14歳の少女が4日間で大人の女に急成長する点に着目し、思春期の嘘と秘密、セックスと恋愛、親の愛が歓びを殺すこと、14歳の暴力の世界などが語られる。思春期論としても読める。「間違い喜劇」では「もう一人の私」と嫉妬(男の嫉妬、女の嫉妬)が分析される。「夏の夜の夢」では河合氏は森の世界を無意識の世界と捉え、うつつと夢、意識と無意識、理性と獣性が話されるが、私は第五幕の劇中劇を演じる職人集団の重要性の指摘が面白かった。「十二夜」を河合氏が日本平安朝の「とりかえばや物語」との対比で両性具有と男女を超えた両者の愛の共存と見るのに興味深かった。
ハムレット」は分裂の矛盾のドラマと考え、実父王と養父王、母の愛憎の分裂、永遠な少年と中年の危機の分裂、友情と裏切りの分裂、狂気と正気の分裂、などを埋めるための「演技」的行動を追っていく。「リチャード三世」では劣等感と憎悪、怨念という武器、悪と良心の表裏一体が話し合われる。「リア王」では、自立は裏切りによって成立すると河合氏はいい、「マクベス」では一卵性夫婦が暴き出すシェイクスピアの女嫌いの秘密が説かれる。「ウィンザーの陽気な女房たち」では、言葉遊びや駄洒落、方言、比喩など言語の多面性が言われ、私は井上ひさしの戯曲を連想した。(ちくま文庫