クロウトヴォル『中欧の詩学』

クロウトヴォル『中欧の美学』

      クロウトヴォル氏はチェコの美学者・評論家である。中欧ヨーロッパの文化論である。とくに20世紀20―30年代第一次共和国を中核に論じている。第一次世界大戦後ハプスブルグ帝国の解体以後、民族自立で民族諸国家に分裂し、各国家には少数民族が残され、民族紛争が生まれた。1989年ソ連崩壊で再び民族国家に分裂し、そのままこんどは諸国家のEU加盟という「普遍性」に向かう。
      チェコは東(ロシア)と西(ドイツなど西欧)の狭間にあり、単一民族国家の成立は困難を極め、同時に中欧という小国家トランスナショナルな境界多重性・越境性の文化未分化性を持つ。(訳者・石川達夫氏の言葉)
      チェコは、自分の歴史を決定できない「歴史の欄外」という困難の中でいかに文学。芸術を作り出していったかを、クロウトヴォル氏は描いていく。作家・ミラン・クンデラは、ロシアでもないドイツでもない中欧分化を中世・神聖ローマ帝国や、ハプスブルグ君主国までさかのぼり再発見しようとする。
      クロウトヴォル氏は、カフカハシェクなどを例に、「メランコリックなグロテスクな複雑な滑稽さ」が中欧文化だという。エキストラとして歴史の欄外に追いやられ、歴史の圧力に潰される平民の実存の困難さに根ざした複雑な笑いである。
      カフカ、ロート、ムジールの小説作品が論じられているが、私はハシェクの「善良な兵士シュヴェイクの運命」についての分析が面白かった。それは、歴史画でなく第一次世界大戦は、日常の細かい生活の細部、「逸話」、グロテスクなエピソード、ナンセンスな不条理になっていく。
シュヴェイクは、サンチョ・パンサと比較されるが違う。主人と従卒の支配形態は、従属的地位に悪しき狡猾さ、悪知恵したたかさで描かれる。寄生者で覗き屋そしてジョークとユーモア、それはドイツやウィーン、さらにモスクワの間でどう実存するかの小国チェコが生み出したグロテスクな典型人物かもしれない。(法政大学出版局、石川達夫訳)